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本体の「路面電車の写真」などと重複する写真があります





2000年4月14日 (金)

夕べ夕食の後に飲んだポケットボトルの薬草酒が信じられないほど美味しかった。
聞くと製造元がすぐそこと言うことで行く。
1 リットル瓶に詰めてくれる。一週間はもつだろう。


世界遺産のゼンメリンク鉄道線に行く道は峠越えで山道だ。雪も残っている。
ゼンメリンク峠を列車では 4 回通っている。でも一度も下車していない。
機会が有ったらガイドブックに書かれているハイキングコースを歩きたいので、いわば今日は下見だ。

ゼンメリンク駅、 急行は一部だけ停まる。

見ると駅にハイキングコースの案内がある

無論ハイキングコースは車では通れない。石橋が世界遺産の重要な要素なので見えたら近づく。。
4~5 回繰り返したかな?
列車から見るのとは大違いだ。 列車からは足下はみえない!


今、峠越えのアウトバーンを建設中だ。のどかな景色も今のうちだ。
ブライテンシュタイン駅まででかなり下る。その先ウイーン方面は鉄道は大きく U 字に迂回するが
道路は真っ直ぐ下ってグログニッツで合流する。よってチェックは上半分だけになる。

さらにウイーンに向かいバーデンではウイーン、バーデン間を走る「バーデン線」が
かなりの部分で道路脇を走るので来たのを写す。 

フェーゼンドルフで出来たての巨大スーパーを見つける。多分滞在中に来ることになるだろう。

予約しているイビスホテルは西駅近くなのですんなり着き 2 時に地下駐車場に入れる。
フロントで会員はボールペンと名物モーツアルトチョコレートが頂ける!!



部屋の窓からトラム、写真の上奥がウィーン西駅。 下のトンネルは U6 が通る。




実はカアサンだけ泊まって私は夜行でベオグラードに行こうかと昨日ウィーンを出る前に考えて
一応西駅でノビサドまでのチケットを買った。ノビサドまでの理由は戦時下でそこからはバス連絡だからだ。
しかし状況が悪化しているので止める。そしてうっかり取り消しを忘れてしまう。仕方がないなーーー

上記の通り未使用のノビサド行きチケット




夕食は “ かあさん ” がマークしていたオペラ座裏の「マルクト」というカフェテリア方式のレストランに行く。
品数が豊富、特に野菜がふんだんに有るのがご機嫌!  お奨めできる。

レンタカー走行距離 204 Km



2000年4月15日 (土)

私はベオグラード行きを諦めたから今日一日、余裕たっぷりだ。

1998 年に来た時に確か新車 5 台が試運転していて追いかけたが今や走行中のほぼ半分まで増えている。
新車は連節構造になっている。6 系統のはユニットが多い、つまり長い。
62,63 系統のは短い。町中の狭いところは短い方が全部収まる。短いのを狙う。


自然史博物館は宝石の山だ! 68 Kg の金塊がポンと置いてある。岩山ほどのトパーズは 117 Kg ーーー
 ただ入場者は少ない。じっくり見ることが出来る。


一方で隣の美術史博物館は入口から大混雑で多くは日本人だ! 教養があるなーーー

乗ったり降りたり、 でフランツヨーゼフ駅


乗ったり降りたり、でドナウ川を渡ってドナウタワーに登る


タワーから国連施設


タワーでパラチンゲンをいただく。ハンガリーで頂いたのはパラチンタ、同じモノ。


帰りは橋を歩いて渡る。暗くなっても不安はない。とても良い気持ち!
ドナウ中の島駅から U バーンでプラター公園に行く。「第三の男」の観覧車が回っている。
21 のトラムでシュテファン広場に行く。土曜なのに人が少ない。
11 時近くになったので U3 で西駅に戻りおつまみを買って宿で昨日買った薬草酒をチビチビやる。

ウィーンでの一日はひと味違うなーーー





2000年4月16日 (日)

宿から車を出して出発! 明日また帰ってきますーーー

ウィーンからバッハウ渓谷へ一泊旅行
ザンクトペルテンのイースターバニー、駅に行きマリアツェルで写した狭軌列車をここ始発駅で写す。


ザンクトペルテン大聖堂


さらに進んでメルクに行く。

列車の窓からは何回も見ているメルク修道院の中に初めて入る。100 シリング、約 750 円。


コレが修道院か、と思われるほどきらびやか!


テラスからドナウ分流と門前町、本流はすぐ右側を流れている。


下の町から修道院を見上げる。


ドナウ川右岸を流れに沿って下る。シェーンビュール城にカフェが有るので寄る。すぐ脇をドナウーー




流れに逆らって上流へーーー


少し戻って左岸に渡る。渡った途端に渋滞だ。日曜日だったんだ!
ようやく今日泊まる予定のデュルンシュタインに着くが中心部の駐車場は満員だ。
500 m 程先の川岸に駐車場が有るので行く。広いのは良いのだけど遠い。

川岸のカトリック教会


廃墟の城跡は急な細道を 30 分登る。リチャード獅子王が幽閉された城という。
史実は詳しくないが昔見た映画「ロビンフッド」に話が出てきたと思う。


駐車場近くにガストホフを見つける。ホイリゲの建物が宿だ。車がイッパイだけどホイリゲの客だ。



夕食をホイリゲでと言うわけにも行かないのでハオプト通りのレストランに行く。
シュニッツェルを頂く。ウインナシュニッツェルはない。でもポークの方が良い。


レンタカー走行距離 137 Km



2000年4月17日 (月)

さすがに月曜だから昨日の大混雑はない。のんびりクレムスへ向かう。1 時間だ。
城門


クレムスの船着き場


大聖堂への階段





ウイーンに向かって進む。右岸に渡ってクロスターノイブルク大聖堂。


このままウィーンの町に入っても良いがまだ 2 時過ぎだ。ウィーンに来るたび必ず登るカーレンベルクに
ここから裏道で登れる。初めてなので試してみる。車は殆ど通らない。
カアサンが間違えでは、と心配するが間違えようがない「位置関係」だ。
桜が満開で果樹園のアンズも離れて見るとピンクのカーペットだ。
イタリアのリミニで同じ景色だった。半月以上の差が有るわけだ。カーレンベルクに着く。

3 時にイビスに戻る。一昨日までの部屋と勝手が少し違う。

一休みしてから車を置いてゼンメリンクから来る途中に見た フェーゼンドルフの巨大ショッピングモールに行く。
U-6 で終点まで行き 207 のバスで目の前に着く。
何もない所にいきなり出来た感じだ。工場跡と想像する。畑だったかもしれない。

カフェテリアが閉店間際で全品半額なので目の色を変えて頂く。マアたいした量は入らない。
結局二人で約 950 円なりーーー

衣料品もバーゲンでカアサンは上着を買う。

乗り継いでまたプラター公園に行く。さすがに時期、時間により人が少ない。





レンタカー走行距離 130 Km



2000年4月18日 (火)

後の計画を確立する。まずここのイビスでハンブルクイビス 27、28 日の二泊予約をとる。
29 日のハンブルクからストックホルムの鉄道チケットはすでに有る。
29 日のストックホルムだけが未定で、
ストックホルムからパリは日本からの航空券に付いている「おまけ」ですでに有る。
30 日のパリは空港イビスを日本から着いた時に取ってある。ほぼ行動が固まってきた感じだ。

そして今日午後

カアサンはウィーンを散策、私だけサラエボに行く。 1 時に出て明日 4 時半に戻る。
3 日前オーストリア航空で買った。 A-320 はほぼ半分の入りだ。

タクシーの窓から見るサラエボは聞きしに勝る荒れようだ。まだ復興に手を着けられていない。

国連の車がとても多い。 どうもここは今ドイツマルクが通用しているようだ。両替の手間が不要だ。
カフェがどこも結構イッパイなのが面白い。



抜け殻のサラエボ中央駅、列車は来てないかもーーー


それでも町は賑わっている。町に不安はない。


リュブリャナで取っておいたホリディイン、 外に宿が見当たらない。 賢かったな!!

走っているトラムは端から写す、と言った感じーーー

夜、町を見下ろすと真っ暗だ。町が真っ暗というのは見慣れないので異様だ。

かあさん一人 

 
私一人 
                            


2000年4月19日 (水)

「砲撃」のイラストが売られている。山がこんなに近いと完全に狙い撃ちだ。

ここのトラムは前が停まっていると約 50 m 手前で停まって近づかない。決して 2 台並ばない。


イスラム寺院近くのイスラムの広場、バスチャルシャ地区と言う。


JAPAN と書かれた日本からの ODA のバスが走っている。
ウィーンのトラムそのものが走ってる。
今日も 100 席以上有る広場のカフェでコーヒーを頂く。見渡すと小さなカフェは人がいない。何故か?

タクシーで 3 時間前に空港に戻る。飛行機でものの 1 時間で「違う」世界が有るんだからなーーー
昨日と同じ便の飛行機が来て折り返しに乗る。

カアサンと落ち合ってフンデルトヴァッサーハオスに行く。型どおりシュテファン広場に来る。
シーフードの店「ノルトゼー」でシーフードご飯、サンドを買って帰って買い置き “ 薬草酒 ” で頂く。





2000年4月20日 (木)

プラハに向かうために 6 時に出るが驚くことに渋滞だ。A-22 の高速に入って一気に、と考えたが 30 分ほど遅れる。
アウトバーンに入るとやや空いてきて国道 2 号線まで来るとかなり空く。
しかし国境 1 Km ほど手前からトラックが並んでいる。今までの経験で対向車線ですり抜けて前に行けるはずだ。
対向のトラックが来るとギリギリで緊張するが何とかゲートにたどり着く。
何の問題もなく通過して両替と例の高速シールを買ってフロントに貼る。
オーストリア、ハンガリー、チェコの 3 枚が貼られる。

チェコに入ると更に車は少なくなり変化の有る景色で楽しい。
スタンドで 20 万分の 1 の地図を手に入れたので安心だ。縮尺が大きいから細かいところまでよく分る。




世界遺産のテルチを見る。来てから知ったので知識がない。あとで調べるだけだ。


駐車場が出来たてで今知られてきたばかりと想像する


価値の有る建物群には見える。一番右と三番目が推しらしい。


さらに 2 時間程かかり、12 時にやはり世界遺産のクトナーホラに着く。勿論ここも知ったばかりだ。

セントバルバラ教会




鱒の唐揚げが付いているのにあまりの安さに仰天!! 二人で炭酸水付き 500 円!!


こちらは団体客用のレストラン


プラハの予定だったが天気もいいし 3 時なのでプラハから 80 Km ほど北、ここからは 100 Km 北の
トラム都市リベレツに行くことにする。
今日南東の端オーストリアから入って北西の端リベレツにこの国最長を突っ切る事になる。

リベレツ









トラムだけで特に見るべきモノはない、と思う。

プラハのイビスホテル かなり良質の部屋




例によって会員はフルーツバスケット、陶器の鈴 2 個、プラハの町のジグソーパズルを頂く。


レンタカー走行距離 525 Km



2000年4月21日 (金)

一日プラハだ。 今日は聖金曜日だ。昨年スエーデンでは休日だった。ここは違うらしい。
でも宿泊客は満員で朝食で待たされる。

スタッフの名札に国旗が書かれている。5~6 ヶ国見受けるが日本が見当たらない。

イースターエッグ屋さん


トラムの写真では良く出てくる所、ガントレッドになっている。




お城の裏の急カーブ




旧市街広場の天文時計


カレル橋を渡ってお城の丘に向かう




お城はピストル禁止


黄金小路


お城からブルダヴァ川越しに旧市街を見る


一日の終わりにソフトクリーム、ジェラートって言うのかな?






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